2月22日に閉幕したミラノ?コルティナ冬季オリンピックは、ロシアによるウクライナ軍事侵攻下で開催され、「平和の祭典」の意義が問われる大会となりました。
スケルトン男子にウクライナ代表として出場予定だったウラジスラフ?ヘラスケビッチ選手は、ロシアによる侵略で命を落とした母国の選手らをあしらったヘルメットを試合で着用しようとして、競技場内での政治的メッセージ等を禁じる五輪憲章と国際オリンピック委員会(IOC)の規定に抵触したとして失格となりました。IOCの対応の是非、国際紛争が多発するこの時代にIOCに求められるものについて、スポーツ史が専門の大阪体育大学スポーツ科学部?中房敏朗教授に聞きました。

中房敏朗教授
1?ウクライナ選手を失格としたIOCの判断について、どう考えるか
今回の一連の出来事をめぐっては、選手に寄り添わなかったIOCの対応の是非という観点から論評されることが多い。しかし、それだけでは汲み尽くせない問題を幾つもはらんでいたように思われる。以下、気になった点を述べていこう。
ウクライナ選手はIOCの勧告に従わず、五輪出場が叶わなかった。ヘルメットの修正を求められたウクライナ選手は、じつは他にもいた。1人は「ウクライナ人のように勇敢になろう」という言葉を、もう1人は「英雄精神があるところ、敗北で終わらない」という詩の一節を、それぞれヘルメットに書いていた。IOCはこれを「戦争に関係する」と判断して削除するよう命じた。2人はその命に応じて、試合に出場できた。この2人の行動は正しかったと言えるのか。それともウクライナ人として「メダルよりも大切なもの」を見失わず、最後まで抵抗して「尊厳の代償」を粛々と受けとめればよかったのであろうか。
IOCはオリンピック憲章で「政治的中立」を謳う。しかし何が「政治的」で、何が「政治的」でないかを明らかにしていない。また「中立」に違反した場合の懲戒方法も定めていない。しかも今回のケースでは試合で「追悼ヘルメット」を使った事実がないのに、未遂の段階で処分した。さらにスポーツ仲裁裁判所がこの処分の「合理性」にお墨付きを与えた。これでIOCは「表現の自由」に「歯止め」を掛ける強力な武器を手に入れた。今後は五輪の出場資格を盾にして、より強く「表現の自由」を規制できるだろう。何が「政治的」かを曖昧にしたまま、いかなる処分を科すのかも明文化せずに、IOCはこれからますます監視の目を光らせて、「資格剥奪」という伝家の宝刀をいつでも抜ける体制を整えていくのであろうか。もしそうなら、選手を必要以上に萎縮させることになりはしないだろうか。
英語の「neutrality(中立)」は、語源的には「争いや競争において、どちらにも与していない状態」を意味した。IOCは声高に「中立」を主張するが、それができるのは、自身がたまたま「争いに与していない状態」にあるためだ。しかしウクライナは違う。4年近くも戦争状態だ。戦争当事国であるウクライナの選手に対して、他の平和な国と同列に厳格な「中立」を求めたことは、はたして道義的に正しかったのか。
ヨーロッパでは、今回の処分を疑問視する法律や人権の専門家が少なくない。「表現の自由」は世界人権宣言や欧州人権条約で、全ての人が有する権利とされるからだ。表現の自由という「人権」と、オリンピックの「中立」は、どちらがより普遍的な価値なのか。もちろん「表現の自由」はいかなる場合でも無制限に容認されるわけではない。とはいえ、「政治的中立」と「表現の自由」の問題を考えるとき、「表現の自由」はそもそも「基本的人権」なのだという視点は、今後とも忘れてはならないであろう。
今回、選手の処分を決定したのは、国際ボブスレー?リュージュ連盟(IBSF)であった。IOCはその決定を受けて、選手の資格認定を取り消したにすぎない。ウクライナ選手がスポーツ仲裁裁判所に控訴したとき、処分撤回を求めた相手がIBSFであったのは、そのためだ。憲章やガイドラインの制定者はIOCである。しかし実際に「追悼ヘルメット」の「中立性」について審理し、処分の方法を決定したのは競技団体であった。IOCは憲章やガイドラインを制定した責任主体なのに、裁判に臨む必要がなかった。公的には正しい手続きであったのかもしれないが、どこか釈然としない。今回のような係争においてIOCが法的な主体にならずに済むのであれば、「表現の自由」と「政治的中立」の両立という厄介な問題に対して、IOCが将来にわたって本当に責任ある行動を取り続けることができるのか、疑問に思った。
2?なぜIOCは政治宣伝を禁ずるのか
理由は1つに絞れないが、歴代IOC会長がオリンピックの非政治化を理想に掲げてきたことが大きい。オリンピックの創始者ピエール?ド?クーベルタンは、アマチュアリズムとスポーツの純粋性を信奉し、オリンピックを「聖域」と考えた(FIFAはサッカーを純粋とは言わないし、プロにも寛容であった)。とくにオリンピックの非政治化を進めたのは、エイヴリー?ブランデージであった。彼の在任中、世界は東西冷戦の真っ只中であった。必然的にオリンピックをその影響から守ることがIOCの重要な使命になった。1968年のオリンピックでアフリカ系アメリカ人の短距離走者トミー?スミスとジョン?カルロスが、黒人差別に抗議するため、表彰台の上で黒い手袋をはめた拳を高く突き上げた。これに激高したブランデージは米国オリンピック委員会に圧力をかけて、2人をオリンピックから追放した。
その後、IOCは政治的中立を、オリンピック?ムーブメントや大会のみならず、選手に対しても要請するようになった。初めは「選手への指示」の一部として政治的宣伝の禁止を示したが、1975年になってオリンピック憲章の本文で政治的宣伝の禁止を明記した。これが現行の政治的宣伝の禁止を定めたオリンピック憲章第50条、いわゆる「ルール?フィフティ(規則50)」につながった。
「競技場は神聖だ」という観念は、なお根強い。現在のIOC委員もやはり競技場を「神聖視」しつつ、他方では競技のパフォーマンスから注意を逸らすものは何でも、聖域を侵す汚物であるかのように「邪視」して、極力排除しようと努めている。近年、IOCは「表現の自由」の規制を少しずつ緩和しはじめたが、競技場だけは別だ。競技場の中での宣伝禁止は、絶対に譲らないというのが当面のIOCの基本方針なのである。
3?国際紛争が多発するこの時代にあって、今後、IOCに求められるものは
軍事紛争、民族対立、自国優先主義の台頭など、世界の混迷は深まるばかりだ。そんな世界からの影響を受けずに、オリンピックを平穏裡に開催するためには、「政治的中立」という理念は確かに重要だ。とはいえそれは、IOC単独の努力だけで実現できるものではない。今回は、ルールに抗おうとする選手に対して「資格剥奪」という力を行使して「聖域」を守ることができた。しかし相手が国家や政府ならどうなのか。国家から圧力や干渉を受けたとしたら、IOCはどこまで抗うことができるのか。現在アメリカでは、大統領が性の多様性を否定する政策を進めており、国家安全保障と公共の安全確保を理由に、特定の国からの入国を拒否している。2年後のロサンゼルス大会はどうなるのか。
軍事侵攻後、直ちに国際スポーツ界から追放されたロシアとベラルーシだが、IOCは「ユース世代の国際大会参加を制限されるべきではない」とする新方針を昨年末に発表した。国家?国旗の使用も認める方向だ。それが実現したとき、大会主催者は若いウクライナ選手に対して今回と同様に競技場の中の「中立」を強いるのだろうか。少なくとも、今回のような「資格剥奪」という悲劇を繰り返してはならない。それはどう見ても、「平和の推進」というもう一つのオリンピックの理念とは相容れない。
さしあたりIOCは何ができるのか。アスリートや関係者に対してオリンピズムの理念を啓蒙する機会をこれまで以上に増やし、さらにオリンピック憲章やガイドラインの内容をわかりやすく伝える多様なチャンネルを用意すべきだろう。IOCの方でも、予め様々なケースを想定し、少しでも多くの人が納得できる、適切な対応の方法を確認しておく必要があるだろう。ガイドライン自体を時代の変化に合わせて見直すことも重要である。われわれも無関係ではない。オリンピックに夢や感動以外に何を仮託するのか。われわれのオリンピックを見る目の質が問われていることも忘れてはならない。
中房敏朗(なかふさ?としろう)
大阪体育大学スポーツ科学部?大学院スポーツ科学研究科教授。学長補佐、図書館長。スポーツ史学会理事長。





![T[active]](/wp/wp-content/themes/ouhs_main/assets/img/nav_department06.jpg)
![T[person]](/wp/wp-content/themes/ouhs_main/assets/img/nav_department05.jpg)

BACK
社会貢献?附置施設
BACK