大阪体育大学は6月21~23日、能登半島地震の被災地支援として学生40人と教職員を派遣しました。大学としての被災地への学生派遣は3月4~7日に40人が七尾市、志賀町で活動して以来2回目。輪島市で被災家屋から家財道具の運び出しなどにあたったほか、輪島市の三井公民館で子ども運動教室や高齢者を対象にしたサロン、健康活動に取り組みました。
被災地支援は、公益財団法人日本財団の支援を受けて実施されました。
大阪体育大学は、2011年の東日本大震災直後から福島県の被災地で「サンライズキャンプ」を毎年実施。地域の子どもとのスポーツ交流会、高齢者の体力測定など「体育大学だからこそできる」支援活動を実施しています。能登半島の被災地でも今回、初めて子どもや高齢者の運動、健康活動を実施しました。
派遣活動の主体となった社会貢献センター長のスポーツ科学部?中山健教授(スポーツ社会学)と支援にあたった体育学部3年?宮崎英史さん(サッカー部)に支援の感想などを聞きました。
<社会貢献センター長?中山健教授>
――活動の内容は。
21日に移動し、羽咋市の国立能登青少年交流の家に宿泊。22日は、学生32人が輪島市災害ボランティアセンターの統括で、被災家屋からの家財道具の運び出しなどにあたりました。学生8人は輪島市の三井公民館で子どもや高齢者と交流。23日も別の8人が三井公民館で交流しました。七尾市で活動予定だった32人は大雨のため活動が中止になり、国立能登青少年交流の家で清掃活動などにあたりました。
――子どもとはどのような交流を。
子どもは、未就学児や小学校低学年の5、6人が参加してくれました。自己紹介を兼ねたゲームの後、学生が用意してきた風船バレーボールなど様々なゲームを学生と楽しみました。2日目の交流も、前日の交流が楽しかったのでしょう。同じ子どもたちが参加してくれました。参加した小学生は「地震の後はみんなで遊べなかったので、楽しかった」と感想を話してくれました。
――高齢者との交流は。
5人ほどの高齢者が参加されました。最初は世間話などをするサロン活動、その後、ストレッチや自己紹介を兼ねたゲーム。ハンドマッサージや、座ってできる卓球台を使ったゲームなども楽しみました。
――体を使って交流することの意義は。
被災地では小学校のグラウンドに仮設住宅が建つなど運動ができる場所が限られています。私たちが学校と連携することで活動ができるのではと思います。また被災地では小学校の統廃合が進み、レクリエーション活動は他校の児童と初めて会う子どもたちがつながりを感じるいい契機になります。
――3月の支援と比較して、被災地の復興状況は。
5月に派遣準備のために今回訪問した輪島市に行きましたが、被災地は何も変わっていません。むしろ朽ちた倒壊家屋は状況が悪化していました。
――学生の活動の印象は。
学生は子どもや高齢者と交流するためのプログラムをそれぞれ自分で考えて支援に臨み、授業で学んでいることを、交流を通じてアウトプットしていました。被災地の方と交流する姿を見て、改めて学生のコミュニケーション能力の高さを感じました。
――今後の活動は。
第3回の支援活動も検討しています。現在、仮設住宅が建設され、入居した後はコミュニティ作りが重要になりますが、その方策は手探りだと聞きます。今回実施したサロン活動はコミュニティの機運醸成につながり、この点でも貢献できたらと考えています。
<体育学部3年?宮崎英史さん(サッカー部)>
――被災地支援に参加した理由は。
自分は教員志望なので、災害ボランティアの経験を生徒に教えたいと思いました。また、SNSではなく生で被災地を知りたかった。
――どのような交流を。
学生みんなが、子ども、高齢者、両方ミックスの3パターンで指導案を考えることになっていました。自分はボールを使った遊びなどを考えて交流に臨み、子どもたちにボールを使ったストレッチやボールのパスなどのゲームを楽しんでもらいました。高齢者には、子どもたちが遊んでいる様子を見てもらいながら、ハンドマッサージをしました。
――支援活動の感想は。
参加した子どもたちから「今までで一番面白かった」と感想を話してもらい、とてもうれしく感じました。また、ネットニュースで、仮設住宅で高齢者が孤独死したことを知り、自分たちが仮設住宅をうかがうことで交流の場を作り、住民同士のつながりにつなげたいと思いました。
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